2010年9月30日

夏は野菜もおいしい季節

夏は野菜もおいしい季節です。
先日、生協のグリーンボックス(野菜セット)に、最近人気??のゴーヤが入ってきました。昔は関東じゃそんなに出回ってなかったのに、数年前の沖縄ブームとともに定着しましたね。
でも実は、私ゴーヤ苦手なんです。
本や料理ブログを見て、苦味を消す方法なんてもの読んだのですが、試す機会もなく、主人も好きじゃないといい、子供たちもまだ小さいので避けてました。
ですが、今回は逃げ場がなくなり仕方なく調理することにしました。

料理ブログで見た、南蛮漬けにしました。まず半分に切りワタをとって、薄くスライスして、塩を入れたお湯で30秒茹でます。このときなんかいやな予感。だってまだきれいな色だし。で、一回味見しましたがやっぱり苦いじゃないか!!!
私の切り方が厚かったのか??やっぱり30秒は短くないか??
ということでもう一度茹で治し。なんとか苦さが少し消えました。
あとは調味料につけるだけ。
出来上がりました!そうだなー、癖がなくておいしいけどたくさんはやっぱりだめかも。主人は少しだけ盛りましたが食べました。
よかったー。
あの苦さがいいのかな?少しからだも軽くなりました。
夏バテ気味の方、ものは試しで試してみてはいかがですか?

2010年9月23日

道鏡について

私の住む大阪府八尾市は、奈良時代の高僧・道鏡の生まれ故郷だそうだ。
道鏡は奈良時代後期に活動した僧で、現在の日本史では天皇の位を狙った大悪人とされている。
しかし、最近では道鏡を別の視点から再評価する動きが芽生えていると聞く。
当代最高レベルの学識と政治手腕を持ち、孝謙・称徳天皇を補佐した高僧として捉えなおそうという人がいるらしい。
確かに今学校で習っている歴史は、道鏡を倒した藤原氏を中心とした史観をもとに作られている。当時の権力者が藤原氏だったのだから当然だろう。
けれども歴史はしばしば「勝者に都合の良い歴史」になりがちである。時には従来とは違った視点で歴史を捉えなおす必要があると思われる。
八尾市に本部を置く「道鏡を知る会」では、悪名を残した道鏡を郷土の英雄として再評価しようと活動している。
史実と事実は似ているようで異なる。歴史を研究すると言うことは、私たち自身のルーツを研究すると言うことでもあると思う。

2010年9月18日

心に残った一言(母の残した一言)

 数年前に母がガンで他界しました。亡くなる前にはホスピスに入っていましたが、すこしずつ頭のほうも緩んできて、現実と空想が入り交じった感じになっていました。今考えればあれが、わりとまともな一言を言ってくれた最後かもしれません。ベットの上でなんとなく話をしていたときに、前後のつながりもなく、突然母が言ったことは「家族を大事にしてね」の一言でした。当たり前と言えば当たり前のことですが、今わたしはとてもその言葉の深さを感じています。わたしも結婚をして、子どももいますが、夫にも不満もあり、子どもも反抗期で、平和に見える家庭も実は冷たい空気が流れていました。これはわたしのところに限らず、どこでも同じようなことがあるのではないでしょうか。しかし、母は年を取り夫婦の間でもいろいろな経験を積んで、悲しいこともたくさんあって、その上で、結局ここにたどりついたのだと思います。なんとも当たり前な一言ですが、これはとても重い一言だと思っています。それからというもの、少しずつ今の家族のあり方を見直し、自分を変えていくことをしています。これは母の残してくれた大きな一言でした。今の時代遺伝子検査キットなどを使えば子どもの潜在能力は事前にわかるらしいのですが、母はそんなのに頼ることもなく私の能力を最大限に高めてくれたと思います。

 

2010年9月12日

心に残った一言(息子の一言)

 息子が就職して久しぶりの帰ってきたときに言った一言です。猫背を治す方法を必死に探してるような息子なんですけどね。中学のときから受験を試み、なんとかお受験も成功して中高一貫の学校にも入りました。そして今度は大学受験になったとき、ほかのお母さんはそうとう喝をいれて頑張っていたようです。わたしも、大学受験に希望はありましたが、本人次第と思いあまりうるさく言いませんでした。結局そこそこの大学に入り、そして今就職をしたわけですが、その息子が一言、「俺は、おふくろが勉強のことをうるさく言わなかったことで本当に救われた」と言ったのです。そうだったんだ、あのときは本人もストレスで大変だったんだろうなと思いました。あのときもっと勉強に対してうるさく言っていたらもっと良い大学に入れたのではないかと、時々思っていましたが、その一言で、これでよかったんだと心から思えるようになりました。あの一言を聞いたことでムネのつかえが取れた気がしました。今考えれば本当に母親というものは子どものためと思いながらのことであるにせよ、随分難しいことを強制していたのではないかなと思いました。これから子どもも少なくなってきて益々親の期待が集中してしまうことかと思いますが、あまり強制はしないほうがいいなと感じた一言でした。

2010年9月 7日

心に残った一言(クロの一言)

わたしが高校生のときに、クロという可愛い犬を飼っていました。クロはあるとき玄関も前でぶらぶらしていて、結局うちの飼い犬になってしまったわけです。雑種とはいえ、マルチーズとテリアの雑種で、生後2年はたっているであろう成犬でした。どこかで飼われていて迷子になったのでしょう。正確もおっとりしていて可愛い犬でした。そして年月もたって老衰に近いかたちで弱って行きました。最後の日に水も飲めなくなってしまい、医者にももう仕方ないと言われていましたので、そのままの状態で見守っていました。そのとき、ふっと水を飲ませてやろうと考えて、ガーゼに含ませた水を口につけてやりました。そうすると、とてもきもちのいいような顔をしたと思ったら、「クーン」と小さく泣きました。それが最後で静かに目を閉じてしまいました。犬なので言葉は分りませんが、きっと「ありがとう」とか「さようなら」って言ったんだと今でも思っています。可愛い犬を見るといまだにクロの一言が思い出されてきます。こんなペットの一言も心に残るものなのですね。それからは犬は飼いたい気持ちがあっても別れが辛くてとうとう飼うことがありませんでした。私の唯一ペットの一言でした。

2010年9月 3日

心に残った一言 (ガッカリ)

その頃わたしは環境の変化もありだいぶ太ってきていました。友人もそのことは知っていて、わたしの不安な気持ちも分ってくれていました。ですから太ったというような言葉はなるべく避けてくれていたのです。
そうですあの日も彼女は、わたしのことを気にして、言葉を選んでくれていました。そして楽しい食事をしながらおしゃべりしていました。ふっと話が切れたときに、彼女がわたしの顔を見つめてつくづく言ったのです。「○○ちゃんって、顔が小さいねえ」。一瞬、うれしい衝動にかられてしまい「そんなことないよ」と笑顔で答えました。その瞬間、いままで顔が小さいとは言われたことがなかったし、自分でも特に小さいと感じたこともありませんでした。そこであることにつながったのです。そうか、肩幅や上半身が大きくなったので、顔が小さく見えたのです。そこまでは友達には言いませんでしたが、一瞬のうちに天国から地獄に落とされた気分でした。ああ、こうなっては本気でダイエットでもしないことには大変です。今後、顔も大きくなってくるとどうなってしまうのか、恐ろしい気持ちになってしまいます。何しろ友人の悪意のない、その一言が思いっきりがっかりな一言となりました。

変動リスク